独り言

日記

最後に頬が痛くなるほど笑ったのはいつだろうかとふと考える。
遠い昔のような気がしてくる。なんとも寂しい話だ。

私は多分どこかのタイミングで感情を捨てた。
感情がなければ人間関係やしょうもない事でイライラしないし、
とにかくなんかこう、ストレスフリーになるのでは、と、そう思った。

幼い頃は多分感情豊かな方だったと思う。
同級生に「いつも笑ってるね」と言われたことがある。
自分では別に笑っているつもりはなくても、周りにはそう見えていたらしい。
だから多分、あの頃は無意識のうちに普段から口角が上がっていたんだろうなと思う。

多分どこかのタイミングで人と関わることがえらくしんどい事に変わった。
昔は他人の目を気にして人に合わせることが得意(というか日常)であった。
多分それに疲れたか、人に合わせても無意味だということが分かってからそういう生き方はやめた。

そのうち人付き合いをあまりしなくなった。
昔は学校で一人でいる子がいたら特に用はなくても声をかけたりしていたが、
いつの間にか誰かと関わるのは本当に最小限、仕事や学校生活で必要なコミュニケーションのみになった。

それでも、どうしても相容れない相手と関わらなくてはならないタイミングはあって、その時がしんどい、とにかくしんどい。
なんかもう顔を見るだけでしんどい。笑

だから多分感情を捨てて、無で生きることにしたのかもしれない。

実際イライラしないということは楽ではあった。
脳が何も考えずに済む感じがする。

でも、感情を捨てる・無になるということは以前だったら楽しいと思っていたこともあまり楽しいと感じなくなるんだなと最近思う。

お箸が転がっただけで面白い、みたいな時期が私にもあった。
でも最近は本当に気心知れた友人と喋っている時くらいしか、あぁ面白いなと思うことはほとんどない。
昔から音楽は好きで、今でも好きではあるけど、それでも昔ほど感情は動いていない気がする。

感情を殺すことに慣れてしまうと面白いことにも鈍感になっていく気がして、
結果的につまらない人生を送っているのと変わらないのかもしれない。
というか感情が動かないことで脳の老化を早めているような気さえする。笑

イライラしたくなくて、良かれと思っていつの間にか感情を無にするようになったが、
言いたいことを言ったりイライラをぶつけたりしていた方が(それを許してくれる相手がいればの話になるが)、
その方が存外幸せに生きられるのかもしれない、そう思った。

ただの独り言。

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