最近またシールを思い出した。基本的にはシールには興味がないが、定期的にシール集めなどをしたくなるのだ。この現象は他にも見受けられて、例えば以下のようなものにたまに興味を持つ。
- 手帳を可愛くデコる
- ネイルケア
- メイク
- ファッション
- 料理
ざっとこんなところか。
たまに興味を持つというのはどういうことかと言えば、基本的には興味がないということである。であれば、一度興味を持ってやってみたけれど、自分には合っていなかったからもう二度とやらないのかと言えば、そうでもないのだ。周期的に興味を持つのだ。やってみたくなるし、こういうことに興味を持っている自分を想像してわくわくする。
根本的にはかわいい存在として生きていたいみたいな願望が強いのだと思う。でも自分自身の性質がそうではないから、なじまないというか。だからキラキラした女子とかがやっていそうなことに定期的に手を出しては忘れるのを繰り返す。
例えばシール。シール帳にかわいいシールをいっぱい貼って眺めたり、手帳やノートに貼ったり、友達と交換したりして楽しむというのが流行っている。流行っているというか、ずっとそういう趣味は存在していて、たまにブームがくるという感じだろう。私が小学生だったころにも流行っていたし。
このシールという趣味は、私にとってはかわいい趣味に分類されるのだ。シールって小さいし、カラフルだったりキラキラしていたりしてかわいい。そしてそれを集めて喜んでいる自分を想像したらかわいいのだ(当社比)。だからやりたいと思って、シール帳や手帳に貼るためにシールを幾つか買ってきて眺めてみたり、何枚か貼ってみたりする。
交換する相手は1人もいないので、自分で楽しむだけだけど、そこはもう抜け落ちているんだよね。身近にシール交換をするような知り合いがいるわけではないのに、シール交換をするためにシールを買ってきているのだ。アホとしか言いようがないというか、もう擁護できない。
しかも、もともとそんなにシールに興味がないので、3日で存在を忘れる。手帳をつける習慣はあるのだから使えばいいのだけど、イマイチ自分のライフスタイルに合ったスケジュールシールがないのもあって使うことがほぼないのだ。手帳に挟んであるけど全然使っていない。
それでシールのことをすっかり忘れて1年ぐらいがたち、また何かの拍子に思い出してはシールを買いに行くのだった。だいたい1年に1回ぐらいこんな事をしている。ネイルとかもそう。
つまり、シールとかネイルとかに興味がある大人女子みたいでありたいけれど、実際には私はそういう大人女子ではないということなのかもしれない。そこからはできるだけ目をそらしていきたいと思う。
というわけで(どういうわけで)、趣味っぽいものを始めようと思うときには、それをやっている自分かっこいい(かわいい)ではなくて、それそのものに興味があるかどうかということが重要なのだろうと、ふわっとした結論をここに置いて、このブログを締めたいと思う。


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